
映画「天のしずく」について
イントロダクション

芳子は食を通して日本の自立を考え、自分たちが食べるものは自国で賄う必要があると考えてきた。地球規模の異常気象や人口問題などで、食料輸入が困難になる時代が迫っている。そのため、モノを大量消費する西洋型の文明から転換し、「この国が持つもの、持たざるもの」を識別し、分際をわきまえることを説く。
辰巳は南北に長く四季と多様な自然に恵まれた日本列島の姿に希望を持つ。その象徴が農の営み(林業、漁業、畜産業を含め)への深い理解である。農が食を与え、その食が人の命を養う。伝統や文化の象徴である日本食に、今世界の注目が集まっている。しかし、その原点を私たちは忘れていないか。
辰巳は日本人の底が抜けたと考える。世代を超えて、共同体や家庭で長い歴史の中で伝えられてきた食の知恵は、日本人が日本人であるために未来へ伝える重要な遺産である。
この映画は、農と食を通して、人の命の尊厳を改めて考え直す映像記録とする。
シナリオ

日本の食に提言を続ける料理家・辰巳芳子。彼女が病床の父のために工夫を凝らして作り続けたスープは、やがて人々を癒す「いのちのスープ」と呼ばれるようになり多くの人々が深い関心を寄せている。
いのちの始まりに母乳があり、終わりに唇をしめらす末期の水がある。人の命は絶えることのない水の流れに寄り添って健やかに流れる。映画で描かれる、辰巳芳子のスープにも長い物語がある。調理以前は、海・田畑など日本の風土が生み出す生産の現場。調理後にはスープを口にする家庭や施設、病院など多様な人の絆が見えてくる。
脳梗塞で倒れ、嚥下障害(えんげしょうがい)により食べる楽しみを奪われた父。その最後の日々を、母と娘が工夫した様々なスープが支えた。それがいのちのスープの原点だった。
映画では、スープを作り出す食材を作り出す全国の生産者。彼らは作物への誠実な志を持ち、辰巳さんに食材を提供する。旬の作物を育てる繊細で美しい自然風土。そしてそれぞれの素材が性質を生かし、喜ぶように丁寧に調理する辰巳芳子。幼児から老人まで、スープを口にする人々の姿。
それぞれが交響曲のように、いのちの響きを奏でていく。ここで描かれるスープの物語は、辰巳芳子が唱える、食を通して見えてくる「いのちと愛」への道筋を示してくれる。
『天のしずく 辰巳芳子“いのちのスープ”』
監督・脚本 河邑厚徳